赤土の大陸

会社員生活1年目も終わろうとしていたある日。その先のカレンダーを眺めながらふと呟いた。

「修行するか。」

そうと決まれば話は早い。1年間海外渡航を遠慮?我慢?していたその鬱憤を返さんとばかりに次々に航空券を大量に発券した。その第一弾。

シンガポール航空ビジネスクラスで行く南オーストラリア4泊5日

響きだけはなんとも優雅な大人の旅。その記録を綴る。

目的地アデレードへは2度のフライト。片方はデイフライト、片方は夜行で。デイフライトでは思う存分に食事を楽しみ、夜になれば爆睡する。アッパークラスの旨味を一気に味わう欲張りセット。

シンガポール航空のフライトそのものが今回遠征の主題ですらあるけれども折角アデレードへ飛んだ以上何かしらの成果は持って帰りたい。もとより普通なら遠征先には選ばない場所かつ一度は仕留めておきたい被写体がある土地、それこそが今回の目的地をアデレードとした理由。

アデレードを始発として大陸を縦断しダーウィンへ向かうかの有名なザ・ガン。世界一の長さを誇る直線で有名なナラボー平原を通るのは大陸横断列車であるところのインディアンパシフィックなのだが知名度はザ・ガンの方が上のように感じられる。そしてこの列車、シンガポール航空のアデレード到着からスムーズに進めば殆ど待ち時間なく撮影が出来、これを追いかけながらアデレードから400km離れたアウトバックへ進入出来るという道中5,6時間に及ぶロングドライブが全く苦にならない非常に美しい行程を描くことが可能なのである。車を借り出し、スーパーで食材を仕入れ、全く無駄のない動きで北を目指す。その道中、ピンクがかった塩湖が目に入った。寄り道。

最盛期にはこんなもんではない真ッピンクらしい。もっと奥に行けばもう少し色が濃いんじゃないかとも思ったが時間がない。先を急ぐ。再び車を走らせ、ポートオーガスタ手前の直線に車を横付ける。そして程なくディーゼルエンジンの音を木霊させ奴はやってきた。

赤い機関車に曳かれるはコルゲート車体の長大編成。その堂々たる編成にただ感嘆するのみ。だが余韻を感じている暇はない、即座にポートオーガスタの停車を利用して先回りする。速度は85km/h〜115km/hと意外にも速いこの列車、あまりのんびりしていると置いて行かれてしまうためアウトバックを前にした最後の街だろうがなんだろうが知ったことではない。ポートオーガスタの街を素通りしアウトバックへ片足突っ込んだ丘の上で列車を待つ。

…が、所定時刻を遥かすぎても列車は来ない。まさか先に行ったわけではないだろうしどうしたものかと思いながら待つことしばらく。

それなりな遅延をもって姿を現したその編成の、、、機関車2両目が差し代わっている。故障だか何かは知らないけれどまさかの貨物機代走。こんな所まで来て代走を食らうのは何とも痛いが気にしてもいられない。先へ行った列車の後を追ってアウトバックの更に奥地へ進撃する。

走り続けること約1時間。ようやく列車のケツを掴んだ。こうなれば後はぶち抜くだけ、もうじきある踏切で3発目を…と思った矢先のこと。なんかバックミラーの彼方に怪しく点滅する何か。あとはお察し頂きたい。だがタダでは転ばぬ。目指す撮影地迄は100km残っているし計算上はなんだかんだで間に合う。そこら中で転がっているかつてカンガルーだった物体を私までも作り出したりしなければ。

撮影地まで残り20㎞地点で遂に荒野の彼方に太陽に照らされ輝く光の帯を視界に捉えた。曲がりくねる線路に対して道路は三角形で表現されるところの斜辺を貫く。列車が対辺にようやく差し掛かったころにこちらは舗装道路を外れて立ち位置をめがけてダートへ突入。そのまま流れるようにカメラを掴んで車を飛び出し立ち位置を微調整してファインダーを覗き無我夢中でシュートを決める。

通過し行く銀…いや金色の列車を見送り、その刹那。太陽は丘の向こうに沈み大地は瞬く間に黒く染まっていった。改めてカメラのデータを確認するとそこには依然として赤く照らされた大地にそれは見事に輝くザ・ガンの姿があった。これを撮り逃していたらそのまま荒野の中で行方不明になっていたかもしれない。最も、命は助かったが小一時間前の悲しい事件で財布には大寒波が訪れている。本来最寄りのウーメラのホテルにでも泊まるつもりだったがそこまでの気力はもはやなく、撮影地でそのまま一日を終えた。

夜中、ふと目が覚めて回りを見渡すもそこは自分が目を開けているのかどうかもわからない真っ暗闇。

暫くして闇に慣れた目に飛び込んできたのは見渡す限りの星の海。これほどの星空を見たのはサハラ砂漠以来か。ウーメラ近郊ははやぶさの帰還地にもなる他、ロケットの発射場でもある。このような地で見る星空はまた格別なものである。地べたに寝転がりたいくらいだけれどもいつ何時にも夜行性の危険生物に襲われるかわかったものではないのでそこは自重。車の中から人の気配のない静かで美しい夜を楽しませて頂いた。

…ところで気になるのは列車があまりにも来ないこと。夜間12時間近くにわたって線路際に居たのに列車が通過したのは上下各一本というのは流石に不自然ではないか。そしてこういった悪い予感は大体当たる。

翌朝午前中いっぱいを待てども待てども列車は来ない。来るのは数多のロードトレインのみ。

このままではじり貧なのでアデレードへ帰り始めたその時、線路に見えた保線車両。これに早くから気が付いていれば早々にアデレードへ戻って別の路線へアタック出来ていたのだが…世は無情なり。

修行ついでの遠征だっただけにコマ単価を気にするほどでもないのだけれども、何とも惜しい。

ちゃっかりシンガポール観光

TRAINSIT

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