早くきた夏

年中雨の降りがちな台湾では中々確実に晴天を引き当てることが難しい。但し、梅雨前線が日本本州へ北上した直後となると話は別になる。高気圧によって前線が北へ押し上げられ、まだ台風の動きも活発ではない6月半ば頃であれば晴天率は劇的に向上する。

就活も一区切りがついたある日。台湾に隣接する八重山諸島の梅雨明けを察知してすぐさま航空券を予約。次の瞬間には台湾に降り立っていた。

台湾初日は台北で観光。行列のできると有名な食堂で朝粥を頂き、街中をぶらり歩き、台北空港を俯瞰できる山へ上がってダラダラと汗を流す。更に夜の九份で夜景と食事を楽しむ欲張りプラン。スケジュールが後ズレを繰り返し、あわや九份から台北に戻れなくなる事態になりかけたこともあったが、なんだかんだで死に物狂いに帰りのバスを見つけ出して台北へ帰ってくるなどというスリリングなサプライズアクティビティも盛り込まれる充実のプラン。

その後、夜行バスで高雄を目指し南下。

バスは厳密には夜行バスでは無く、朝の4時でも容赦無く目的地に着けば降ろされる。適当に寝転がってれば良いか...と思うもここは熱帯。その名の通り、それ以上の熱帯夜で出来たものでは無い。高雄駅前マクドは満席。コンビニのイートインが何とか空いてたのでそこで時間を潰し、いよいよ列車の時刻。台湾屈指の名鉄道撮影地、太麻里へ向かう。道中の列車も中々で、今回乗った莒光号は雰囲気14系座席車と言っても案外通じそうなもの。はまなす亡き今、日本では味わいたくても味わえなかったえにも言われぬあの雰囲気を存分に楽しんだ。

青い海、青い空。のんびりとした空気。日本本州が梅雨の真っ只中、一足先に夏を感じる贅沢。但し、北回帰線直下の夏の暑さは尋常ではない。立っているだけでも汗は止まらない。直上から照りつける太陽はモノの影を消失させる。暑さで意識が朦朧とする中、それが自らの死を暗示しているようで不気味ですらある。

だがそんな苦しみも一瞬で吹き飛ぶ列車がもうすぐ来る。

素晴らしい。アメリカンスタイルロコと台湾旧客。そしてこの景色。わざわざ極暑の台湾に殴り込んできて良かった、心の底からそう思えた。旧客なんて日本国内に存在する客車以外認めない、台湾旧客はいくら日本製でもどこか貧乏くさいなどと語っていた過去の私はもういない。とはいえ、インド製のドア配置のおかしな"旧客"は未だ認められないが。だがこの日の編成にはそんな邪なモノは混じっていない美しい編成。決して長くはない、たった3両の客車という飾り気のなさがまた良い。イベント用などでは無い、あくまで普段着の姿でこのような客車列車をこのような風景の中で見ることができる、そんな日本では奇跡か幻か、とんでもない光景が日本からそう遠く無いこの地で見ることが出来る幸せ。

感動は終わらない。高台のお立ち台に上ってみた。そこにも素晴らしい景色が広がっていた。相変わらず空気は湿っていて酷く暑い。日の光はジリジリと確実に肌を焼く。けれどこの日は幸いにも爽やかな風が吹いていてそれがまた居心地を良くしていたこともあるとはいえ何時間もこの場所にいたくなった。人の通らない高台でipodから夏草の線路などを最大音量で垂れ流し、水の音を聴きながら、バナナを食って列車を待つ。この時自分は一足早く最高の夏休みを味わっていた。やがて来たオレンジ色の長編成。圧倒的なまでの風景の中でもはっきりと自己主張するその編成美。

久々に最高の撮り鉄をエンジョイできた1日になった。

太麻里からの帰りは昼間撮影した旧客に乗車して高雄の宿へ向かう事に。冷房なんて無い、扇風機と全開になった窓がとりあえずの空調。が、熱帯台湾なのにその風だけでも十分涼しく心地が良い。そして何より雰囲気が素晴らしい。南国の景色とドアまで開けっ広げられた開放感というワードでは表現しきれないほどの開放感、機関車やジョイント音等々の木霊するひたすらにやかましいノイズ。毎日それと接すると嫌になるのだろうけれど観光客たる自分には至高のもの。それは道路を行く観光バスの乗客にも同じらしく、珍しそうに、そして満面の笑みでお手振りを送ってくれる。

そんな中、南国らしくバナナを食うとより一層この雰囲気に浸れた気がした。

そうこうしている内におよそ一時間半の乗車時間は名残を惜しむ間もなく瞬く間に終わりを迎える。乗車前でこそ十分過ぎるように思われた一時間半。その時間は実際は興奮が落ち着きちょっとうたた寝が出来るかできないかというタイミングで終着駅が近くなるという微妙に足りない短い時間だった。

その夜は高雄の夜市を食べ歩き、翌朝から台湾島の誇る"総統座"を搭載する超ハイグレードバスで台湾へ戻る。下手なベッドより横幅ある座席。水とお菓子のサービス。電源も完備。阿羅哈客運ならブランケットもあるので効きすぎクーラーにも対応出来る。そんな快適環境にふんぞりかえりながら流れていく台湾の車窓を楽しむ何とも贅沢な時間の使い方。

初の台湾はかくして成功裏に終了。たまには南国も悪くない。


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