アルプスに眠るモンスターを探して

レーティッシュ鉄道ベルニナ線。標高2千米を超えるこのアルプス越え路線の冬は当然ながら雪深く、この大量の雪に対応して投入されたロータリー式蒸気機関除雪車、xrotd。巨大な羽根車を前方に備えたその強烈なルックスは恐怖すら覚える。

19世紀中頃に北米で開発されたこの強烈な除雪車両はアメリカ、日本やロシア、や欧州の雪深い地域へ投入されてきたがロータリー除雪車の世代交代や作業のそもそもの見直しが図られロータリー式除雪車の始まりである巨大な羽根車を備えた形式はアメリカ・ドナーパスやこのベルニナ線で動態保存されているに過ぎない。日本に至っては世代交代も既に幾度か繰り返された後であり、今や小型の保線車両かどんなに大型でもENR-1000。機関車背合重連の形態を採っていたDD14ならまだしも、世代毎に車両の迫力は失われていることは間違い無い。

そんな今や数少ない動態保存のド迫力モンスターがツアー運行されると聞いて特に何でも無い土日に有給をくっつけて弾丸渡欧を決行した。

職場を定時で飛び出し、就航一週間の羽田⇄ウィーン間の夜行フライトで一旦はプラハへ。ベルニナ線だけで帰るのも勿体ないのでプラハを走るタトラカーを一目見てみようという魂胆である。

滞在半日もないプラハ、そこまで深追いも出来ないので効率よくタトラT3非更新車両が狙える23系統"nostalgic line"を重点的に狙うことにする。まずはプラハトラム必修といっても過言ではないマラーストラナ地区を出入りするためのガントレットへ。

城下町として長い歴史を刻んできたこの地区は城を守るための要塞としての機能もあるためだろうか、密集した建物の間を迷路のようにウネウネと道が通ることになる。中には建物の下を潜る場合もあり、このガントレットがそれそのものということになる。

そんな町の歴史を色濃く映し出した情景の中をいく町の歴史の中では新参者に相当する路面電車が狭そうに進んでいく光景は我々趣味人からするとカレル橋よりも味わい深くいつまでも咀嚼しつづけることが出来る。

歩けば30分とかからない小さな歴史地区も勿体ぶりながらそぞら歩いていれば半日などあっという間に過ぎ去ってしまう。何かやり残したような気分もありながらも次の目的地目指して空港へ戻りチューリッヒへ向かいそのまま流れるように車を借り出しアルプス山麓の町、クールの旧市街に投宿する。窓から見えるのは日本から遠く離れた全くの異国の古き景観。日本を経って24時間超、帰国までも48時間弱なこの状況で眺める景色では決してないがその状況がまた愉快でもある。

翌早朝。人気のない町を抜け出してアルプスのワインディングを駆け抜け、今回のお目当てxrotdを拝みに向かう。

真っ青な空の下、大きな羽根車を備えた鉄道車両としては異形の姿が掻き上げた雪を纏いながら進んでくる。白い排雪煙とは別に上がる黒い煙が蒸気駆動であることを証明する。

雪の量が少ない点が気になるが、車両の姿を視認するにはこの程度で丁度いいことがのちに判明する。大きな雪塊を掻いたその瞬間、ファインダーに映り込むのは何かよくわからない煙の塊になってしまうから。

投雪を横から見た姿。こうなると前方から見た図はどのようなものになっているか、お分かりになるだろうか。

ちなみにこのxrotd動態保存運転は線路維持の為の排雪ではないため、本来であれば掃く雪など無いのが普通。この為に列車前方にはツアー参加者の乗車する列車とその後方に線路脇の雪を軌道内へ寄せ集める逆ラッセルヘッドが備えられており、これによって用意された雪をxrotdが投雪するといった寸法になっている。

そこまでして生きた動態保存を実現してくれるような例は日本には殆どない形態であり、羨ましい限り。もちろん日本の法令以外にもパトロンの寄付金規模の桁が違うなど諸々の差異要素が積み重なった結果の違いではあるのだが、是非我が国にもこういった魅せる保存といったものがあって欲しいと切に願う。

合間にやってくる列車もまた絵になってしまうアルプスの山々を縫うベルニナ線の情景。

なにをどうやっても目に入るもの全てが幸せでしかない至福の1日が過ぎていく。

翌朝も天気は晴れ。フライト中の機窓から見えるアルプスがまた堪らない。

乗継地のシャルルドゴール空港では遠くにエッフェル塔を望み、地上では世界最高と愛してやまぬパリのパンを爆食し、更に日本へのフライトはビジネスクラスの快適フライト。

何事もなかったかのように昼には出勤し、日常へ戻って行った。


TRAINSIT

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