北中米卒業旅行-1-

モラトリアムの最後はアメリカで締めくくろうと決めていた。

今になって思えばインドの奥地やスリランカなど行くべきところは別にあったような気はしないでもない。

それでもアメリカと決めたのはただただ北米の地で一か月怠惰に沈んでいたいという贅沢な欲が自分を突き動かした。

手始めに向かったのはシカゴ。摩天楼の間を縫って走る鉄骨むき出しの高架鉄道”L”がどうしても見たかった。シカゴ高架鉄道は19世紀末、大陸横断鉄道は既に開通、西部開拓がひとしきり完了しアメリカがいよいよ革新主義時代と称される経済・工業・文化あらゆる面で現代の景色とそう変わらない世界へ向かって著しい進化を遂げる時代の始まりに開業。この時代に建設された東海岸の鉄道は重厚でありながらも急造感があり、ゴールデンラッシュから続く当時の重厚かつ派手な文化と急激に発展進化する当時の様子が一度に滲み出ているようにすら感じられる。

アメリカ入国そのままの足で向かうはシカゴL一番の見所であるダイアモンドクロス。摩天楼のド真ん中で高架鉄道が十字に行き交う様子が見られるこの場所で日の暮れるまでのえらく長い時間を過ごしていたような記憶があるが相当に楽しかったのだろう。ミシガン湖から吹く冷たい冬の風のことなど全く記憶にない。


翌日も日がな一日高架鉄道を乗り回して愛でてあっという間に一日が終わっていた。ネズミの王国など比べるべくもない、ヲタクにとっての夢のテーマパークがそこにあった。

シカゴ高架鉄道を堪能した後はトロントを経由して陸路ニューヨークへ。

特になんということはないただの観光が続く。ナイアガラ・タイムズスクエア・足を延ばしてDCなどなど。

労働者となり時間に追われ、ただ一目散に空港から鉄路を目指すようになってみてから思うことだが、当時の判断はあながち間違いではなかったかもしれないと思う。真昼間から観光してる時間なんて今やあろうはずもなく、暇を極めぶらぶらとしていた当時のなんと贅沢なことか。

それでも一日はNYCメトロに時間を割いておいた。総延長233マイル、路線数にして33にもなるこの鉄道に対してかける時間がわずか一日というのもなんとも心もとないがニューヨークまで来て2日も3日も地下に潜っているのも気がどうにかなってしまう。そこまでのことを計算していたわけでは決して無いけれども一日で既にヘロッヘロになりながらこの日の宿を目指して空港へ転がり込んだ。

ゴミ回収列車の走る早朝から休む間もなく駆けずり回り絶えず数多のノイズに曝され耳や脳内に至るまで疲れ切った身には静かで間接照明の効いた空港ラウンジから眺める摩天楼がエンパイアステートビルからの夜景の比ではないほどにあまりにも美しく見えた。

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