リハビリ旅行inUS -1-

22年3月。長らく苦しめられてきた日本国内幽閉生活に一陣の光が差し込んだ。条件を満たせば帰国時の隔離を逃れられるのだという。更に職場では社内の温度感はともかくとして今更ながら、僅かながらも遠隔勤務が認められることとなり、これを用いることで万が一に備えることも可能になった。自らの普段からのロビー活動も功を奏し、未だ大手を振って国を脱出出来るような世間様の雰囲気は薄いなかにあって苦節2年強を経て22年GW。遂に国を脱出することに成功したのである。

とはいえ、遠征先の選定もまた難しい。一般的な旅行であれば都市滞在型であることが大半なため、日本が要求する帰国用PCRを受診するのも手間ではあるがそこまで高いハードルでもないだろう。だが我々のように日の出から日没までを都市から少なくとも2,3時間は離れる辺境で過ごす者にとってのそれは丸一日を無駄にすることにも等しい。その他欧米以外の国では東アジア各国ほどではないにせよ未だに隔離を強いられたり州間移動毎に陰性証明がいるとかどうとかといった話も聞く。加えて昨今の原油高と航空座席供給難で航空運賃は法外といってもいい高値圏にある。そんな状況下で全ての問題をクリアできうる場所はただ一つだった。

燃料サーチャージ不要の特典航空券が発券でき且つ往復分のPCRがタダに出来る、しかもPCR受診が前後の行程にもそれほどの無理を生じさせない所…

これしかない。アメリカへ。そこは勝手知ったる地。日本国内に慣らされあまつさえ2年間の時をただただ怠惰を極めていた己を呼び覚ますリハビリにはうってつけの地ではないか。

そしてもう何度目かわからないロサンゼルス空港に再び降り立つ。あまりにも見慣れた景色故に2年越しとはいいながらも海を渡った実感は全くない。唯一感じるのは妙に物価が高く感じること。これまでノルウェーやスイスくらいでしか物価の高さに悩むことはなかったものが何故か今回は水飲料に至るまでがやけに高額に感じる。のちにスーパーマーケットでそれは気のせいだと理解するに至るのだが。

今回最初に向かったのはサンフランシスコ。かつてベイエリアをベースに過ごしたことがあり今なお鮮明に当時の記憶が蘇る。今の自分を形作ったのは北海道と並んでまさしくココなのである。その時見たPCCカーやケーブルカーなど当地固有の特徴的なトラム車両と景観を今の機材でもって絵にしてやりたい。ノスタルジー全開のそんな思いが今回のサンフランシスコとはおよそ程遠い場所を主戦場とする旅程の中に強引にも入れ込むに至った。

空港からサンフランシスコ市街地へ向かう最中の電車内に漂う大麻っぽいにおい。昔は多分こういうものに敢えて目を向けていなかっただけなのだろうが今回はやけに目に鼻につく。駅降りていきなり目の前には金を求める複数のホームレス。こんな状況でスーツケースまで転がした状態でカメラを振り回すのは中々勇気がいるがブルーモーメント只中にあって悠長にホテルにチェックインなんかしていられない。罷り間違って襲撃されぬよう気を付けながらサンフランシスコを走る車両達にご挨拶。

ハイアットなど国際的ハイクラスホテルが立ち並ぶビジネス街エリアにあってホームレスやヤク中が数多徘徊する状況は南アフリカなどを彷彿とさせる。ホテルはニューヨークの比でなく高いしよく言えばレトロでクラシカル、有り体にいえばボロい。

海風そよぎ暖かい日の光が穏やかに照り付け穏やかな時間がゆるりと流れる。そんなハイソサイエティなイメージが先行していた自分の記憶は一体何だったのかというような状況に戸惑いを隠せぬままに今回遠征に向けた調査を進めるうちにあっという間に深夜。明朝は当然のように早い。慌てて眠りについた。

日の出直前の頃。3,4時間ほどの睡眠でサンフランシスコの丘、いや山をランニングに向かう。重いコンダラならぬレンズ引っ提げて。

どこに行っても大概に共通することで、朝5時~7時は一切のストレスなく純粋な気持ちで静かに爽やかに散歩が出来る時間だと思ってる。夜中まで騒ぎ倒していた人間たちも流石に眠りにつく頃、そうでなくてもこんな時間から外に出る人間はそこまで多くはない。それは自分とて例外ではない。こんな朝早くから睡魔に打ち勝って好んで外界を徘徊するものは老人と自らを苛め抜くことに無上の悦びを覚える意識高きランニング族のほかに私は知らない。サンフランシスコの丘に響くのはたまに通過する車と鳥の鳴き声以外には道路から絶えずジリジリと滑車が回る音が聞こえるのみ。しばらくして車ではないモーター音が丘のピークの向こうから聞こえてきた。

夜明けの空を背にして丘を往来するケーブルカー。そのあまりにも絵になりすぎる風景に通りかかった地元民共々感嘆の声を上げる。

アメリカの都会人は朝になるとデカいコーヒーショップのカップを誰も彼も手に持っている。道行くパリジェンヌが鞄にネギではなくフランスパンを刺しているように、誇張抜きにごく自然な光景なのである。彼らに倣って私もコーヒーショップで朝食とする。ベーグルとフラペチーノしめて1500円。…高い。だがホームレスすらもドリンクを買っていくのである。どうなってんだ。

その後も日がな一日トラムの追っかけに明け暮れ、あっという間にフライトの時間が迫ってくる。心地良いを通り越した極度の疲労感で空港へ向かう。一日の間に20km近い徒歩行軍、しかもサンフランシスコの激坂を行ったり来たりするのだから当然か?

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